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雪と菫青石

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淡い恋1(再録作品)

何か食べ物を二つに分けてよこす時、ルキアはきまって大きい方を恋次に与える。
そのことに気づいたのは、一緒に暮らしはじめてしばらく経ってからであった。
「いいよ、お前がこっち食えよ」
半分に割られたリンゴの大きな方を返そうとする恋次の手に、ルキアは無理矢理それを押し付けた。
「よいのだ、私はそれほど腹が減っておらぬ」
と言って、少しだけ小さい方をしゃくしゃくと爽やかな音をたてて咀嚼しながらルキアは言った。
「それに、お前の方こそ余計に食べる必要があるだろう?そんな、背ばかり高くなって」
最後の言葉には、不満げな響きが込められていた。彼女を見つめる恋次から目を逸らして、ルキアは一心にリンゴを齧っている。

「食わねえからちっこいままなんじゃねえの?」
紅い果実に歯を立てると、果汁の酸味が舌を刺した。清々しい香りと僅かばかりの甘みを楽しみながら、恋次はリンゴを味わった。
「皆と同じだけは食べている」
食べられる部分は全て丁寧に食した後、ルキアは同じようにリンゴを食べている仲間達の方を見やった。
「そんなにょきにょき馬鹿みたいに伸びるのはお前だけじゃないか。他のみんなは別に-----」
「にょ…にょきにょきって何だコラ!その辺の雑草と一緒にすんな!」
「栄養が図体ばかりに廻って、頭に行ってないのではないか?私は貴様より頭を使うから背が伸びぬのだろうよ」
失礼な物言いに腹を立てた恋次は、彼女の頭を軽く小突いた。
「何をするか!縮んだらどうする!」
「へえ、押すと縮むのか。じゃあ引っ張ったら伸びるんじゃねえ?」
「よさぬか、たわけ!」
下から繰り出されるルキアの拳から身を捩って逃れた恋次は、木の根に足を取られて転がった。
「……いってええー」
「ほら見ろ!自業自得だ、馬鹿者」
冷たい目で見下ろすルキアが小癪に触り、跳ね起きて反論しようとした恋次のもとに仲間達が駆け寄ってきた。
「何してんの、レンちゃん!」
「喧嘩は駄目だよ、二人とも!」
仲間達に取り巻かれて、恋次は仏頂面で答えた。
「喧嘩なんかしてねえよ、ちくしょう」
小競り合いのもう一方の当事者であるルキアは、その時にはもう手近な木に登って、涼しい顔で遠くを眺めていた。
「アケビだ!ほら、向こうの木に」
ルキアの声に、仲間の少年達が歓声を上げた。
「取りに行こう!」
彼女の指差す方に、仲間達はこぞって走って行った。ただ恋次だけは、ルキアの着物の裾が風に煽られた時に見えてしまった腿の白さに狼狽して、その場に立ち尽くしていた。
「行こう」
木から飛び降りたルキアが、ぼんやりしている恋次の背をぽんと叩いて走り出した。
「お…おう」
走る彼女の背を、恋次は慌てて追いかけた。ああ、ルキアのあの着物はずいぶん小さくなっちまったな、などと考えながら。

それから数日後のことである。
十日に一度立つ市を狙って、彼らは町に出た。小さくて身軽な子供の体の利点を最大限に活用し、雑踏に紛れて食料や細々したものを盗み取る。
盗んだものを仲間の手から手へと受け渡して追っ手を攪乱し、彼らは巧みに町外れへと逃げ延びつつあった。
ただ一人、恋次を除いて。

(まずった……あの親父、しつこいったらないぜ)
物陰に隠れた恋次は、先ほど彼が古着を掠めとった店の主人の怒声を耳にして、さらに身を小さくした。
ルキアたちを先に逃がすため、恋次が店の主人を引きつけて裏通りを逃げ回っているのだが、男は手勢を呼び集めて執拗に探し続けている。
(あいつらが諦めるまで待つ……ってわけにもいかねえか)
男達の声が近づいてきたのを察して、恋次は物陰から飛び出て裏通りを走った。
「いたぞ!赤毛のガキだ!」
「そっちに回れ!」
恋次の目の前がさっと翳った。
走り出した先に、棍棒を持ったいかつい男が立ちはだかったのだ。
(やばい!)
逆光により黒く見える大きな男の姿と、頭上に振り上げられた太い棍棒。
氷水を浴びせられたような恐怖が恋次の心臓を掴んだ。逃げながらも、これは避けきれない、とう予感が脳裏を走った。
と同時に、鈍い音がした。
男の体がぐらりと揺れ、恋次の前に崩れ落ちた。
「恋次!」
ルキアが投げた石が、男の後頭部に直撃したのである。路上に倒れた男の体を飛び越えて、恋次はルキアのもとに駆け寄った。
あとはもう無我夢中であった。
裏道という裏道を走り抜け、やっとのことで二人は町外れで待っていた仲間達と合流した。

「今日は危なかったね」
「レンちゃんなかなか来ないから、心配したんだよ」
「止めたのに、ルキちゃんだけ一人で戻っちゃうし」
彼らが住処として使っている朽ちかかった水車小屋に戻った後で、子供達は口々に今日の体験を語り合った。
囲炉裏の前には、危険を冒して手に入れた芋や干し魚などが積まれている。しばらくはこれと、裏の畑で収穫できるわずかばかりの作物で食いつないでいくのだ。
表に出ていたルキアが、盥に清い水を汲んで戻って来た。
「恋次、肘」
ルキアに促されて、彼は袖をまくって擦り傷を負った右肘を露にした。
「……!」
濡らした布が傷口に触れた時、恋次は僅かに息を飲んだ。
「しみるか?」
「いや、平気だ」
心配そうに眉を顰めるルキアを安心させるため、恋次は無理に笑顔を作った。
傷口に入り込んだ泥をそっと拭い取った後、ルキアは傷の上に手をかざした。
温かい波動が流れ込み、痛みが和らいでいく。
仲間達の中で霊力を持っているのはルキアと恋次の二人だけであったが、このように痛みを癒す力はルキアにしかない。
俺もこういうのができたらいいのにな、と考えながら、恋次はルキアの白い細い手を見つめていた。
「……した」
聞き逃しそうになるほどの小さな呟き。
「え?」
「心配したと言ったのだ、たわけ!」
そう言い捨てて、ルキアは盥を持って外へ出て行ってしまった。
「おい、待てよ!待てってば!」
恋次は慌てて、囲炉裏の側に丸めて置いておいたある物を手にして、彼女の後を追った。

赤い萩の花が風に揺れる小屋の裏手で、ルキアは盥の水を畑に撒いていた。
「悪かったよ、心配させて」
恋次の声が聞こえてないはずはないのだが、彼女は頑なに振り向こうとしなかった。
秋の日は早くも傾きだし、吹き渡る風が肌に冷たい。
裏山の雑木林に小鳥達が帰ってくる羽音がした。
しばらくの間、二人の間に流れるのは鳥の声と風の音だけであった。
ようやくルキアが口を開いた。
「無理をするなと言ったではないか。今日は運良く逃げられたが、いつも上手くいくとは限らぬのだぞ」
「……わかったよ」
でも俺、どうしてもこれを手に入れたかったんだ。という言葉を呑み込んで、恋次はルキアの手を引いた。
「なに?」
「いいから、見てみろよ」
恋次がルキアに押し付けたのは、女物の着物であった。
古着であるため色褪せてはいるが、淡い山吹色の生地に薄紅の撫子の柄が染められている。
「これ…」
最初は困惑していたルキアの顔に、ゆっくりと喜色が上ってきた。
「私に…?」
「今着てるの、小さくなってるだろ」
「嬉しい。ありがとう」
うっとりと着物の表面を撫でたり、広げて柄を鑑賞したりしていたルキアは、恋次に促されてそれに袖を通した。
「まだ大きかったな」
「ううん、いいよ。すごく嬉しい」
大人ものなので、今のルキアには少し裾が余る。それでも彼女は嬉しそうであった。
「あ、いいなルキちゃん!」
小屋から出て来た仲間達が、ルキアを見つけて歓声を上げた。
「いいだろう?」
ルキアは笑って、くるっと体を一回転させた。
袖が揺れ、秋の夕日を受けて山吹色の着物が一瞬金色に見えた。帯も締めずに羽織っただけの着物の裾が風に翻ると、撫子の花畑の中にいるかのようであった。
「ルキちゃん、お姫さまみたい」
仲間の一人が感嘆して漏らした呟きが、恋次の胸をきりきりと刺した。
落日の黄金色と朱色の光の中、輝くように立っているその姿。

この一瞬を、いつまでも留めておきたい。

そう願っても、あっという間に日は落ちていく。西日が沈む山の影は黒々と聳え、夕闇が菫色と水色にあたりを染めていった。
消えていく残照を眺めていた恋次は、仲間達に呼ばれて小屋に戻った。
ささやかな夕餉が始まるのだ。


「ほら」
目の前につきだされる、茶色いもの。
「なんだよ」
「何って、半分こにしてやったのではないか。最後の一つを」
子供時代の追憶にふけっていた恋次の意識は、いきなり引き戻された現在との距離感を測りかねて、わずかの間停止した。
「その調子では、私の話を何一つ聞いていなかったのだな?」
「……悪い」
手に押し付けられた、半分だけの鯛焼きとルキアの顔を見比べて、恋次はもそもそと謝った。
「半分って、お前の方が小さくないか?それ」
「男が細かい事を気にするな」
恋次に渡したのよりは小さい片割れにかぶりついて、ルキアは答えた。
「頭の方が、餡子がみっしり詰まっておるのだ」
言われてみれば、恋次に渡されたのは尻尾の方である。自らの分を三口ほどで食べきったルキアが
「食わぬのか?まさか、腹の具合でも悪いのか?」
と心配そうに彼に問いかけた。
「いや」
鯛焼きを口に押し込んで、恋次は答えた。本当はその後「平気だ」と続けたかったのであるが、口一杯に頬張っているため、
「へーひら」
になってしまった。
「食べ終えてから喋らぬか。行儀の悪い奴め」
呆れたように笑うルキアの頬に、恋次は指を延ばした。
ふっくらとして柔らかい桃色の唇。その脇に親指を押し当てて、口の端についた餡子をそっと拭う。
「食べかすつけてんじゃねえぞ、貴族のお嬢様が」
「そうか」
餡子のついた恋次の親指を引き寄せて、ルキアはそれをぺろっと舐めとった。
「なっ…!」
驚愕のあまり、言葉にならない。
その子供っぽい仕草とは裏腹に、指に触れて去っていった舌の感触はあまりにも艶かしかった。
恋次の狼狽など全く気にもとめず、ルキアは
「やはり布袋屋の餡子が一番だな。相模屋の抹茶餡鯛焼きも悪くないが、粒餡なら布袋屋だ」
などと呑気なことを言っている。
こいつ、ちょっとは女らしくなったかと思ってたのに、まるっきり変わっちゃいねえ。
恋次はそんな彼女の無邪気さに、ひとつ溜め息をついた。

間違った思いやりと、誤解と遠慮。そして臆病だった自分。
それらのために長い間遠回りしてきた恋次は、やっとルキアの隣に戻って来た。
藍染の動乱後にようやく訪れた平和な日々。
再び縮まった距離。
今では二人、他愛のない話で笑い合う事ができる。
今日のように非番の日に待ち合わせて、共に出かけることもできる。
子供の頃のように一つのものを分かちあい、肩を寄せあって座ることですら。
でもこうやって、茶店の縁台に並んで座って指先が触れんばかりに近くにあるというのに。

その手を握ることができない。

肩を引き寄せて口づけるのは簡単かもしれないけれど、ルキアがそれを望んでいるのかどうかがわからない。
恋次の知らない長い年月の間に、ルキアの胸を切り裂いて深い傷跡を残した男が確かに居て、それによってルキアの中のなにかはきっと変わってしまったのだろうけど、それでも彼の前で微笑む少女は昔のままに見える。
「ほらまた聞いていない」
何事かを語りかけていたルキアが、怒ったような声を出した。むっと口をへの字に曲げる彼女に、恋次は素直に詫びた。
「変だぞ、恋次。体の具合でも悪いのか?」
「いや、大丈夫だって。ちょっと惚けてただけだ」
「仕事が忙しすぎるのではないか?兄様は、信頼できると見込んだ相手にはいろいろ要求の多いお方だからな」
「別に普段と変わらねえよ。忙しいのはお前だって同じだろ?」
「まあな。中間管理職は雑用ばかりが多い」
「雑用だけじゃねえだろうが…」
「人手不足なのはどこの隊もかわらぬよ」
そう言って苦笑するルキアの姿に、恋次の胸が痛んだ。
最近席官に任命されたルキアは、今までよりいっそう危険な戦闘を命じられる機会が増してきているのだ。
部下を率いて、時には先陣を切り、時には退却する小隊の最後尾で追撃する虚に立ち向かう。
ここでルキアの身を案じるのは、彼女の矜持を傷つけるに等しいことなのだと、恋次はわきまえていた。
だがそれでも、心配なものは心配なのだ。
そんな彼の気持ちを見透かしたかのように、ルキアは笑った。
「無茶はしないよ。私は部下の前では死なぬと決めておるのだ」
そう語るルキアの瞳の色が静かなことが、なぜだか恋次にはとても悲しかった。

「そろそろ行くか」
いつのまにか西日が茶店の軒先にも差し込んできていた。ルキアの声に、恋次は重い腰を上げた。
夕風に吹かれて散る桜の花びらが、二人の間を舞う。
恋次の手は、彼の前を行くルキアの白い指先へと延びて、掴めないまま落ちた。
「どうしたのだ?」
ルキアが振り返ると、春の花を描いた桃色の振り袖が揺れた。
それは今日最初に会った時、『兄様が選んでくださったのだ』と頬を赤らめて彼に教えてくれたものだった。

  取り戻そうと、奪い返そうと、あんなに願っていたのに。
  お前が朽木家で幸せだというなら、俺はどうしたらいいんだろう。
  そしてお前がまだあの男を忘れられないというのなら
  一体俺に、ただ待つ以外のなにができるというのだろう。

諦めることもできなくて。でも力づくでどうにかしようなんて、とても考えられなくて。
彼のどうどう巡りの思考は、いつも子供時代のある夕景に戻ってしまう。
『なにもいらないから、ただ一緒にいられればいい』と初めて強く意識した、あの秋の夕暮れに。

恋次が見上げた桜並木の向こうの空は、淡い黄色に暮れかかっていた。
その夕日の中に、戸惑う彼の幼い頃の淡い恋がまだ佇んでいるのだ。


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リコリス様の子恋ルキお題企画「星に向かって吼えろ2」に投稿した作品の再録です。
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テーマ:二次創作小説 - ジャンル:アニメ・コミック

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