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雪と菫青石

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淡い恋2(再録作品)

「あんた、ここに何つけてんの?」
不意に指差されて、恋次は自分の右頬を撫でた。
「そこじゃなくて、こっち…ああ、返り血ね」
乱菊の長い指が、恋次の頬についた汚れを擦って離れていった。
「さっきの虚のッスね」
「毒持ってるヤツもいるから気をつけなさい」
ちゃんと顔洗うのよ、と言いおいて立ち去る乱菊の背に、恋次は上の空で返事をした。
彼女の仕草に、なんだか奇妙な既視感を覚えた。

『暴れたそうな顔してやがるな。気に入った』と剣八に引き抜かれ、十一番隊に移動してから未だ日は浅いが、恋次は既に席官の座を目前にしていた。
今日の戦闘でも、恋次の活躍は他の隊員と比べても抜きん出ていた。『点数稼ぎにガツガツしやがって』と陰口を叩く輩もいるが、それを黙らせるだけの実績を彼は積みつつあった。
だが、まだ足りない。
あの日手放してしまったものを奪い返す、長い長い階段のほんの一段目に足を掛けたにすぎないのだ。
隊舎の洗面所で乱暴に顔を洗い、鏡にうつる己の顔を恋次は見据えた。
いつものごとき、飢えた顔。羨望と焦燥の炎が、常に身のうちを焼いている。
乱れた前髪を濡らした雫が、額を伝って頬に落ちた。それを指で拭うと、また『何かを忘れている』というもどかしい感覚が胸に疼いた。


それを思い出したのは、十一番隊の隊舎から独身者用の宿舎に戻ったときであった。
あの時、ルキアは何も言わなかった。
ただ黙って、恋次の頬に残る涙を指で拭ってくれた。
小さな冷たい指が掠めた時に胸に湧いた想いの名を、彼はまだ知らなかった。
泣き疲れた自分に寄り添って座るルキアとともに、水色の空に浮かぶ白い月をぼんやりと見ていた。
ああ今日は-------と恋次は、疲労に軋む体を布団に横たえて目を瞑った-------あの時のような月が出ていた…
そう思ううちに、彼は眠りに落ちていた。


ぱしゃ、と音がした。
盥に汲み置いていた水に布を浸す音だった。固く絞った布で、ルキアは顔を丁寧に拭っている。
「おい」
その彼女に近寄り、恋次はルキアの頬を指さした。
「残ってる。そこ」
「どこ?ここか?」
「そっちじゃねえ、ここに…」
ルキアの頬に残った鍋墨を、恋次は指で拭った。と同時に『しまった』と彼は狼狽えた。滑らかな肌の感触に、なぜか胸が高まる。
「貸せよ、拭いてやるから」
「いた…痛い!何をする!」
己の胸に沸き起こった感情を誤摩化す為に、恋次はルキアの手から布を奪い取り、乱暴に彼女の顔を拭いた。
『痛い事する恋次なんか嫌いだ』とむくれて背をむけるルキアに気取られぬよう、彼はそっと溜め息をついた。
もう子供ではなく、でも大人でもない。ルキアはそのほっそりとした体に、少女特有の危うい色香を漂わせはじめていた。
流魂街の住人には珍しい、抜けるような白い肌と桃色の頬。艶やかな珊瑚の唇。優美な長い睫毛が飾る、もの思わし気な菫青色の瞳。
幼くて弱くて、美しいこと。
それはこの荒んだ町では、危険を呼び寄せる要素にしかならない。
何度か危険な目に遭いそうになって以来、ルキアは知恵を絞って自衛するようになっていた。前髪を伸ばし、外出する時は必ず鍋墨で顔や手足を汚す。恋次と共に日雇いの賃仕事に出る時は、いつも“弟”ということで通していた。
それでもあいつは--------日に日に綺麗になる。
そう実感する度に、恋次の胸には言いようのないもやもやした思いが渦巻くようになっていた。

部屋の片隅で、咳の音がした。もうずっと続く、苦し気な息づかい。
ルキアの他に残った最後の仲間が、いま死にかけていた。
「起きたか?ほら、飴湯だよ…飲めるか?」
病人の汗を丁寧に拭っていたルキアは、枕元の湯飲みを手に取った。
「駄目だよ、少しでも飲まなくては。元気がでるよ、ねえ?」
赤子を慈しむ母のように、ルキアは発熱で潤んだ少年の瞳を見下ろした。身を起こす力もないと見て、ルキアは微笑んで湯飲みの飴湯を自らの口に含んだ。
口移しに与えられたそれを飲み下す病人から、恋次は目を逸らした。
保って、あと数日だろう…と彼は思った。恋次が必死に稼いだ金で手に入れた薬も、全く効を奏さなかった。
どんなに祈っても、奇跡なんかおこらない。それは以前二人の仲間を亡くした時に、心底思い知らされた現実であった。
「お前は明日も休めよ--------ついてやっててくれ」
眠りに落ちた少年の傍を離れたルキアに、恋次はそう頼んだ。
恋次はここ数週間、割りのいい賃仕事にありつけていた。大規模な河川の護岸工事があり、近在の住民が人夫として雇い入れられていたのだ。
当初はルキアも男達に交じって力仕事をしていたが、仲間の少年の病が悪化したため、家を離れられなくなってしまったのである。
「米まだあるか?明日は卵かなんか、栄養つきそうなもん探してくるからよ…お前もちゃんと食えよ?」
ルキアは無言で頷いた。何か言えば泣いてしまうのだろう、と彼は察して口を噤んだ。

日が西の空に傾き、山の端を橙と紅に染めている。天頂は水色から次第に縹色へと移り変わり、一日の終わりを予感させていた。
河の土手で工具や土砂を担いでいた男達も、空を見上げて汗を拭ったり、疲弊し切った腰を延ばしたりしている。そろそろ作業終了の時刻が近いのだ。
この仕事にありつけて助かった-------と、恋次は工事によって姿を変えつつある川岸を見渡した。
大人達に混じっての肉体作業は最初のうち辛かったが、このところ背が高くなり力もついてきた彼は、数日で仕事に慣れた。今では大人と同じ作業をこなし、大人と同じだけの工賃を貰っている。
日払いでの現金収入は、真夏の炎天下での過酷な仕事に耐えるだけの価値があるものだった。
おかげで病人にも薬や食料を買ってやることができたし、何よりルキアに盗みなどの危険な真似をさせなくてもすむ。
恋次達も、好き好んで窃盗をしていたわけではない。真っ当な仕事にありつけるなら、それにこしたことはないのだ。
だがこの地域での工事は、もうすぐ終了する。そうなったら、前と同じ生活に戻るより他はない。
いつまでこんな生活が続くのだろう、と恋次は重い土嚢を担ぎながら歯を食いしばった。
俺はいつまでルキアを守れるのだろう…と。

いつからか、恋次はルキアと一緒に水浴びをしなくなった。
手を繋いで寝ることも、ルキアを膝に乗せて戯れることも、できなくなった。
ただ寒い夜だけは、暖をとる為に一つの布団に眠る。そんな晩は妙に寝苦しく、ルキアの寝息が甘く香る度に全身が痺れたようになるのだ。
この気持ちはなんだろう…と、恋次は額に流れる汗を手の甲で拭った。
ルキアと二人、小川で体を洗いながら水の掛け合いをして遊んでいて、初めて彼女の胸が膨らみだしているのに気づいた時から、常に恋次の気持ちは落ち着かないでいた。
同じものを食べ、同じ生活をしているはずなのに、ルキアの背はちっとも大きくならない。
いや、恋次が大きくなりすぎているのだ。
二人の身長差が広がっていけばいくほど、もう二人は子供ではなくなっていく。
恋次の手足は節くれだって逞しくなり、ルキアの体のあちこちは、ほんの少しずつだが優美な丸みを帯びたものになっていく。
薄暗い燈火の下で恋次の衣服を繕ってくれている時の、ルキアの白い指。糸を噛み切る紅い唇からのぞく白い歯。伏せられた長い睫毛。
じっと見られていることに気づくと、ルキアはいつも頬を染めて『何をじろじろ見ておるのだ、たわけ!』と怒るのだ。『そんなに私の裁縫の腕が信用ならぬのか!』と。
町で買い求めた食料と一緒に、野に咲く花を摘んで帰ると、とても喜ぶ。その笑顔が見たくて、昨日も彼は姫百合を一本手折っていった。
なぜだろう、最近の俺はいつもルキアのことばかり考えている。
そう悩む彼は、いつも同じ結論に達するのだ。

  だって心配なんだ。
  あいつはこんな所で暮らすには、綺麗すぎるから。

菫色の薄闇が漂い始める頃、今日の分の作業終了の合図が監督官から発せられた。
支給された賃金を懐にしっかりと隠し、食料を買い求める為に住処とは逆方向の町へと走り出した恋次を、背後から呼び止める声がした。
ルキアだった。
きっと走り通しだったのであろう。彼女の息は弾んで苦しそうであった。
いつものように顔や手足を汚すこともなく、笠もかぶらず、ルキアはその整った顔を無防備に晒していた。
マズい--------と恋次が彼女の下に走りよるよりも早く、ルキアは周囲の柄の悪い男達に取り囲まれていた。
「なんだ、こんなとこに何しに来たんだ?」
「俺らと遊んでほしいのかよ?」
どっと沸き起こる、下卑た笑い声。汗と埃に塗れた薄汚れた男達が、ルキアを小突いたり腕を絡めとろうとしていた。
「可愛い顔してるじゃないか、お嬢ちゃん」
「怖い顔すんなよ、いい事教えてやるからよ」
恐怖と嫌悪感に顔を強張らせて、ルキアは無遠慮に差し出される男達の手を撥ね除けた。
「こいつ!」
腕を叩かれた男が、激高してルキアの襟首を掴んだ。と同時に、恋次の投げた石塊が男の顔面を襲った。
こめかみを拳ほどの石で強打された男が、別の男を巻き添えにして倒れ込む。その隙に、ルキアは傍らの男を突き飛ばして恋次の方に駆け寄った。
ルキアの細い手首を掴むと、恋次は猛然と駆け出した。とにかく人の多い方へ、夕暮れの雑踏に紛れて上手く撒くことができれば--------
「あうっ!」
だが、背後でルキアの悲鳴が上がった。追いついた男に、腕を掴まれて倒されたのだ。
「離せ!」
男からルキアを引き剥がそうと殴りかかる恋次に、別の男が襲いかかった。
「恋次!恋次!嫌だ、恋次っ!!」
男に羽交い締めにされながら、懸命に彼の方に手を延ばしてルキアは叫んだ。強かに殴られて鼻血を流しながら、恋次は自分を押さえる男の顔面に頭突きを食らわせた。
「逃げろ、ルキア!」
ルキアが自分を押さえつける腕に噛み付いて、抵抗している。助けてやりたいが、恋次も数人の男に殴られたり蹴られたりして、身動きが取れない。
「触るな!ルキアに触るんじゃねえっ!」
目の前が暗くなるような恐怖にかられて、恋次は叫んだ。俺はどうなってもいいから、なんとかしてルキアだけでも-----と藻掻く恋次の体が不意に軽くなった。
「がっ!」
「ぎゃあっ!」
無様な悲鳴を上げて、男達の体が宙を舞っては地に叩き付けられて転がった。
「ガキ相手になに悪さしてんの」
恋次達が後に“死覇装”であると知った、漆黒の衣装に身を包んだ若い女が、男達を片手でいなしては放り投げていたのだ。
その技が“鬼道”であるとは未だ知らぬ恋次達ではあったが、女が何か霊力を使っているということだけは察する事ができた。
「アンタら明日から来なくていいよ。ま、当分は腰が立たないだろうけどさ」
地べたに這いつくばって痛みに呻く男達にそう言い放って、女は二人に手を差し伸べた。
「だいぶ殴られたね。大丈夫?」
そばかすだらけの顔に、心配そうな表情が浮かんでいる。恋次はその顔に見覚えがあった。
油っけのない赤毛の短髪で、黒い衣に刀を差したその姿。工事の監督をしている“死神”たちの一人であった。遠目で見た限りでは男だと思い込んでいたので、恋次は戸惑いを隠せなかった。
その表情を別なものと勘違いしたのか、女は恋次に笑いかけた。
「心配しなくていいよ、アンタはクビにしやしないって。見てたよ、どっちが悪いのか」
そう言って、女はルキアの方を指差した。
「それよか、こっちの娘がアンタに用があったんじゃないの?」
振り向いた恋次の顔を見つめるルキアの目に、見る見るうちに涙が盛り上がり、そして零れた。
何があったのかは、聞かなくてもわかった。
恋次は女への礼もそこそこに立ち上がると、ルキアの手を取って家路を急いだ。


長い病だったが、最後はあまり苦しまなかった。
だが、そんなことは何の慰めにもならない。
恋次とルキアに手を握られながら、夜明けを待たずして仲間の少年は息を引き取った。


少年の亡骸を先に逝った仲間達の墓の傍に埋めると、恋次を深い虚脱感が襲った。
これでルキアと二人きりになってしまった。
仕事に行く気にもなれず、恋次は空を見上げた。薄雲が飛ぶ空は水色で、いつの間にか秋の気配が忍び寄ってきている。白くぼんやりと浮かぶ昼間の月を眺めて、彼はしばらく放心していた。
「-----------------っ!」
涙は不意に溢れてきた。
熱いものが喉の奥にせり上がり、それは咆哮となって迸った。
地を掻きむしり、拳を何度も何度も地面に叩き付けて、恋次は泣いた。

泣きつかれて頭が痛くなってきた恋次は、よろけながらその場から立ち上がった。ふらつく足取りで楡の大木へと歩み寄り、その幹に背中を預ける。そのまま恋次は、木の根元に崩れるように座った。
下草を踏んで近づく気配がした。ルキアだという事は、振り向かなくてもわかった。
泣き腫らした目を見せたくなくて、自分の足元を見つめて俯く恋次の左隣に、ルキアは腰を下ろした。
「……!」
ルキアの冷たい指が、恋次の左の頬を掠めていった。彼の頬に残る涙を拭ったルキアは、そのままそっと恋次の肩に自分の頭を預けるように凭れかかった。
小さなルキアの体が放つ暖かい熱が無性に恋しくて、恋次はその頭をかき抱いた。ルキアはされるがままに、恋次の胸板に抱きとめられてじっとしている。
(どこにも行くな。俺を置いてどこにも行くな)
喪失の予感に怯えて、恋次は細い体を強く抱きしめた。
(俺を一人にしないでくれ)
その内なる叫びに応えたかのように、ルキアは彼の体に腕を廻してぎゅっと抱きしめ返してくれた。
自分の胸に押し当てられたルキアの頬の冷たさに、恋次は彼女もまた泣いていたことを知った。
ルキアのつややかな髪から香る甘い匂いに、産毛が見えるほどまでに密着した白い項に、恋次は軽い目眩を覚えた。
こんな時だというのに、この胸に疼く思いはなんなのだろう----------キリキリするほど痛くて、熱くて、それなのにどこか痺れるみたいに心地よい。恋次はまだ、その感情の名前を知らずにいた。
「……」
腕の中から、小さな声がした。顔を伏せたルキアが、何か呟いている。
「…何?」
聞き返すと、ルキアがくすんと鼻をすすった。震える声で、彼女はもう一度繰り返した。
「私より先に、死なないでくれ」
「なに言ってんだ、馬鹿」
楡の梢から、空に溶けてしまいそうな薄く白い月が見える。それを見上げて、恋次は低く呟いた。
「死なねえよ、絶対」
この温もりを守りたい、と恋次は一心に祈った。
白くて小さくて柔らかいこの綺麗なものを、両手の中にずっと抱いていたい。誰にも汚されないように安全な場所に隠して、笑顔だけを見ていたい。

-------------でも、どうやって?

その迷いに対する解決策は、その後ルキアから呈示された。

  『死神になろう、恋次』


久しぶりにあの頃の夢を見た。
瀞霊廷を見下ろす崖の上で、二人は死神になることを誓った。生き延びる為に。
あの時、振り向いたルキアの手をしっかりと握りしめたはずなのに--------目覚めた自分の右手は空っぽであった。
寝床の中で、恋次はごろりと寝返りをうった。
空虚な己の掌をまじまじと見つめる。
目を閉じると、瞼の中に鮮やかに蘇ってくる。
戌吊の頃の幼い瞳のルキアが。
そして自ら何かを望む事を忘れたかのような、寂し気な眼差しのルキアが。

そのルキアの姿をみたのは、一年半ほど前のことであった。
まだ五番隊にいた恋次は、思いもかけぬことから朽木家主催の観桜の宴をのぞき見る機会を得たのだ。
と言っても、宴席に加わる事を許されたわけではない。藍染の命で、彼の忘れ物を届けに行っただけのことである。
宴席を仕切る幔幕の隙間から、ルキアの姿が見えた。
遠目からなので着物の柄まではわからないが、水色の振り袖はルキアの清楚な美しさを引き立てているように思えた。結い上げた髪に挿した銀の簪が、春風を受けて揺れては煌めいていた。
白哉の隣で伏し目がちに座るルキアは、まるで人形のようで--------

  俺はあんな顔をさせる為に行かせたというのか。

後悔と焦燥と自己嫌悪が嵐のように襲って来て、恋次は跳ね起きた。
布団の上に胡座をかき、爪が食い込むほど強く手を握りしめる。
いつまでも隣にいられるものだと信じていたのに-------今となっては、この手をどんなに伸ばしても、あの星には届かない。
大切で大切で大切で、あの頃は自ら手放す日が来ることなど思いもしなかった、淡い恋。
ただ守りたかっただけなのに、一体どこで道を誤ってしまったのだろう。
暗い部屋の中で己の拳を睨みつけていた恋次は、諦めてまた横になった。
夢を見なくて済むような深い眠りが訪れる事を願いながら。

--------------

こちらも「星に向かって吼えろ2」投稿作品です
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テーマ:二次創作小説 - ジャンル:アニメ・コミック

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